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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)205号 判決

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

原告

三井石油化学工業株式会社

同代表者代表取締役

幸田重教

同訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

田中貞良

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

柿澤紀世雄

吉野日出夫

花岡明子

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第6528号事件について平成7年5月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月25日、名称を「エチレンとαーオレフインとの共重合体」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第185983号)し、平成3年6月12日出願公告(平成3年特許出願公告第39091号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成5年12月15日拒絶査定を受けたので、平成6年4月21日審判を請求した。特許庁は、同請求を平成6年審判第6528号事件として審理した結果、平成7年5月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年7月26日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)(A)  メルトフローレートが0.01ないし200g/10min、

(B)  密度が0.900ないし0.945g/cm3、

(C)  下記式(1)で表わされる組成分布パラメータ(U)が100以下、

U=100×(Cw/Cn-1) ・・・(1)

但し、式中Cwは重量平均分岐度及びCnは数平均分岐度を表わす。

(D)  高エチレン含量成分の重量平均分子量Mwhと低エチレン含量成分の重量平均分子量Mwlの比Mwh/Mwlが1.05以上、且つ高エチレン含量成分の分子量分布(Mwh/Mnh)と低エチレン含量成分の分子量分布(Mwl/Mnl)との比

(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)が1以下、

(E)  示差走査型熱量計(DSC)により測定される融点が複数個あり、複数個ある融点の内、最高融点(T1)が下記式(5)で表わされる温度以上で且つ130℃以下、

T1≧175d-43 ・・・(5)

但し、式中dは共重合体の密度(g/cm3)で表わされる数値である。

(F)  示差走査型熱量計(DSC)により測定される最高融点の結晶融解熱量:H1と全結晶融解熱量:HTとの比H1/HTが0.6以下及び

(G)  エチレンと共重合されるαーオレフインが炭素数4ないし20の範囲

であることを特徴とするエチレンとαーオレフインとの共重合体。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、本願発明は、出光石油化学株式会社樹脂研究所の大西陸夫(触媒調整)、二階堂俊実(重合)、久米和男(物性測定)作成の実験報告書(甲第5号証)に記載されている事項を参酌すると、特開昭56-147808号公報(引用例、甲第4号証)に記載された発明と認められ、特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができない、としたものである。

4  審決の理由に対する認否

審決の理由のうち、(手続の経緯・本願発明の要旨)、(原査定の理由)及び(引用例)(別添審決書写し2頁2行ないし8頁18行)は認める。(対比・判断)(同8頁19行ないし16頁9行)のうち、本願発明と引用例に記載されたものとの一致点及び相違点の認定(同8頁末行ないし11頁3行)は認めるが、その余は争う。(むすび)(同16頁10行ないし15行)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

本願発明に係るエチレンとαーオレフインとの共重合体は、引用例(甲第4号証)の実施例1に記載された共重合体ではなく、また、実験報告書(甲第5号証)に記載された共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体ではないから、本願発明は引用例に記載された発明であるとした審決の判断は誤りである。

(1)  引用例の実施例1記載の共重合体について

〈1〉 引用例の実施例1に記載された共重合体は本願発明の構成要件(D)を満足しないから、本願発明の共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体ではない。

引用例には、引用例記載の発明の達成と関連して、「本発明者等は鋭意検討した結果チタン化合物に特定の化合物を用い、更にマグネシウム化合物及びチタン化合物及びアルコール化合物を含む均一な炭化水素溶液を調製し、これを有機ハロゲン化アルミニウム化合物で処理することにより得られた炭化水素不溶性固体と有機アルミニウム化合物と組合せてなる触媒系で用いて、炭化水素溶媒中重合体が溶解する条件下でエチレンとαーオレフインを共重合すると、重合活性を大きくしうること、さらに分子量分布が狭い密度0.88~0.945のエチレン共重合体が得られることを見出し本発明を達成した。」(甲第4号証2頁右上欄3行ないし14行)と記載されており、上記記載によれば、引用例記載の発明によって得られる共重合体は分子量分布が狭い共重合体である。

また、引用例には、引用例記載の発明の効果と関連して、「以上のような本発明方法によれば触媒が非常に高活性であり、特に共重合体が溶解する高温での重合活性が極めて高く、従って共重合体中の触媒残査除去工程を省略することができプロセス的メリットが大きい。また、得られた共重合体は非常に狭い分子量分布を示し副生グリースワックスが少く、高い生産性を得ることが出来る。」(甲第4号証4頁右下欄5行ないし12行)と記載されており、上記記載によれば、引用例記載の発明で得られる共重合体は非常に狭い分子量分布を示す共重合体である。

したがって、当然、引用例の実施例1で得られた共重合体は、その分子量分布が狭いものであるか、あるいは非常に狭いものである。

これに対して、本願発明の共重合体は構成要件(D)を満足するものであるが、本願明細書には、構成要件(D)と関連して、「Mwh/Mwlが1.05以上、且つ(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)が1以下であるということは、高エチレン含量の高分子量成分、低エチレン含量の低分子量成分及び低エチレン含量の高分子量成分を含み、高エチレン含量の低分子量成分を含まないことで特徴づけられ、該成分を含むことにより、引張強度、剛性、耐衝撃性がとくに改良される。」(甲第3号証6欄14行ないし22行)と記載されている。

上記のとおり、本願発明の共重合体は、2種の高分子量成分及び1種の低分子量成分を含むものであるから、たとえ上記各成分の各々の分子量分布が狭くても、これらの成分を混合(ブレンド)することによって得られる本願発明の共重合体の分子量分布が広くなることは、特表平3-502710号公報(甲第7号証)からも明らかである。

前記のとおり、引用例の実施例1で得られる共重合体は、その分子量分布が狭いものであるか、非常に狭いものであるから、本願発明の構成要件(D)を満足するものでない。

〈2〉 引用例の実施例1に記載された共重合体の製造方法は、本願発明の構成要件(D)を満足する共重合体を与えるものではない。

甲第3号証(本願公告公報)8欄42行ないし9欄35行の記載から明らかなとおり、本願発明に係るエチレンとαーオレフインとの共重合体は、高エチレン・高分子量成分、低エチレン・低分子量成分及び低エチレン・高分子量成分を混合する方法、組成分布が狭く且つ分子量分布が広い低エチレン成分と組成分布及び分子量分布が狭く且つ高エチレンの高分子量成分を混合する方法、組成分布が広く且つ分子量分布が狭い高分子量成分と組成分布及び分子量分布が狭く且つ低エチレンの低分子量成分を混合する方法等によって得られるものである。

一方、引用例の実施例1に記載の方法は共重合体を混合する方法ではなく、しかも引用例の実施例1は同実施例によって得られた共重合体の混合について記載はおろか示唆さえしていない。また、引用例の全体をみても、引用例に記載された発明によって得られる共重合体を混合することについて何も教示していない。

引用例の発明で得られる共重合体が、分子量分布が狭いものであるか、非常に狭いものであることは前記のとおりである。

したがって、引用例の実施例1に記載された方法は、分子量分布が広い共重合体を与えるものではないから、当然、本願発明の構成要件(D)を満足する共重合体を与えるものではない。

〈3〉 よって、本願発明の共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体ではない。

(2)  実験報告書に記載の共重合体について

〈1〉 本願明細書掲記の第4表によれば、本願発明の実施例1、2及び3で得られた共重合体のMwh/Mwlは、それぞれ1.38、1.20及び1.54である。

一方、甲第5号証(実験報告書)の表一2によれば、同号証記載の実験で得られた共重合体のMwh/Mwlは1.9である。

これらのMwh/Mwlを比較すると、甲第5号証記載の実験で得られた共重合体は、本願発明の実施例1、2及び3で得られた共重合体よりも広い分子量分布を有するものである。

また、前記のとおり、本願発明の共重合体は、分子量分布が引用例の実施例1記載の共重合体の分子量分布よりも広い共重合体である。

したがって、甲第5号証記載の共重合体もまた、分子量分布が引用例の実施例1記載の共重合体の分子量分布よりも広い共重合体である。

このように、甲第5号証に記載された共重合体と引用例の実施例1に記載された共重合体は分子量分布が異なるから、甲第5号証記載の共重合体は引用例の実施例1記載の共重合体ではない。

〈2〉 引用例の実施例1における水素/エチレンの比は0.09であり、甲第5号証の表一1の重合条件の欄の記載によれば、甲第5号証記載の実験における水素/エチレンの比は0.08である。すなわち、エチレンに対する水素の量は、引用例の実施例1と較べて、甲第5号証記載の実験の方が少ない。

また、引用例の実施例1で得られた共重合体のメルトインデックスMI(melt index)は1.7g/10minであり、甲第5号証に記載の実験で得られた共重合体のMIは1.8g/10minである。すなわち、MIの値は、引用例の実施例1と較べて甲第5号証に記載されている実験の方が大きい。

ところで、引用例中の「また、本発明方法において、重合反応帯域に水素を存在させた場合、水素による分子量の調節効果が大きく、容易に目的の分子量の重合体を得ることができる。」(甲第4号証4頁左下欄18行ないし右下欄1行)との記載からわかるように、引用例においては、水素は分子量を調節する目的で使用されている。エチレンに対する水素の量が多くなると、得られる重合体の分子量は小さくなる。反対にエチレンに対する水素の量が少なくなると、得られる重合体の分子量は大きくなる。

ここで、分子量の大小とメルトインデックスMIの大小との間には、逆の関像が成り立つ。

したがって、水素の量からすると、甲第5号証記載の実験で得られた共重合体の分子量は、引用例の実施例1の共重合体の分子量と較べて大きくなければならず、甲第5号証記載の実験で得られた共重合体のMIは、引用例の実施例1の共重合体のMIに較べて小さくなければならない。

しかるに、甲第5号証記載の実験で得られた共重合体のMIは、引用例の実施例1の共重合体のMIよりも大きい。

上記のとおり、甲第5号証に記載された共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体と、水素/エチレンの比とMIとの関係が一致していないから、甲第5号証に記載された共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体ではない。

〈3〉 引用例の実施例1ないし8記載の製造方法によって得られる共重合体は、共重合体のMI、すなわち共重合体の分子量が変化しても、共重合体のFR、すなわち共重合体の分子量分布はほとんど変化せず、共重合体の1000炭素当りのペンダントエチル基の個数、すなわち、共重合体のブテンー1の含有量が変化しても、共重合体のFR、すなわち共重合体の分子量分布はほとんど変化しない。換言すれば、引用例に記載された発明によって得られる共重合体については、高エチレン含量共重合体(低ブテンー1含量共重合体)であっても低エチレン含量共重合体(高ブテンー1含量共重合体)であっても分子量分布の広狭はほとんど変わらない。

ここで、引用例の実施例1で得られた共重合体を高エチレン含量成分と低エチレン含量成分に分けて考えると、上記の点からして、高エチレン含量成分の分子量分布Mwh/Mnhと低エチレン含量成分の分子量分布Mwl/Mnlはほとんど変わらず、(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)の値はほぼ1.0である。

一方、甲第5号証の表一2によれば、同号証に記載された共重合体の(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)の値は0.7である。

したがって、引用例の実施例1に記載された共重合体と甲第5号証に記載された共重合体は、高エチレン含量成分の分子量分布と低エチレン含量成分の分子量分布の比が大きく異なっており、甲第5号証記載の共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体と同一とはいえない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  分子量分布の点について

〈1〉 分子量分布の点については、本願発明と引用例の実施例1に記載の発明との間に本質的な違いはない。

分子量分布の目安として、重量平均分子量/数平均分子量(Mw/Mn)で表示することは普通であるが、本願発明の2種のエチレン含量成分の重量平均分子量の比Mwh/Mwlにその目安が直接適用できない。ということは、原告の主張からは、本願発明の共重合体の分子量分布と引用例に記載の共重合体の分子量分布とを対比した場合、分子量分布にどのような違いがあるかを定量的に知ることができないということである。

ましてや、本願発明の高エチレン含量成分の分子量分布(Mwh/Mnh)、低エチレン含量成分の分子量分布(Mwl/Mnl)における、「(Mwh/Mnh)/Mwl/Mnl)が1以下」という、いわばエチレン含量成分に係わる分子量分布の比1以下の限定が、その成分の集合体により構成される共重合体の分子量分布の大きさを定量的に表す条件として一体どのような技術的意味を有するのか明らかでない。

原告は、本願発明の共重合体の分子量分布が広くなることは甲第7号証からも明らかである旨主張するが、本願発明の共重合体の主な製造工程の一態様を考察すると、本願発明の共重合体が、各高分子量成分及び各低分子量成分の分子量の大きさを特定していないし、各エチレン含量の高又は低分子量成分の分子量分布値が明示されていないので、混合物の分子量分布値は予測できないし、各成分の混合条件が欠如しているから、甲第7号証記載のポリマーブレンドの材料挙動の原理をそのまま本願発明の共重合体に援用して分子量分布の広さを予測することはできない。

〈2〉 原告は、引用例の実施例1に記載された共重合体の製造方法は、本願発明の構成要件(D)を満足する共重合体を与えるものではない旨主張するが、本願発明の要旨は共重合体という「物」にあり、共重合体の製造方法の違いは要旨外のことであって、製造方法はいわば共重合体の入手方法の違いであるにすぎない。そして、本願発明の製法により得られる共重合体が引用例記載の共重合体と、構成要件(D)において本質的な違いがないことは前述のとおりである。

したがって、審決において、本願発明の要旨を「物」と認定し、それと引用例記載のものとの同一性を判断したことに誤りはない。

なお、審決では、本願発明の構成要件(D)における分子量の比、及び分子量分布の構成に基づく共重合体と、引用例の共重合体の同一性の判断は、甲第5号証(実験報告書)に依拠しており、原告の主張は審決の判断の論旨からかけ離れたものである。

(2)  実験報告書について

〈1〉 本願発明で限定する重量平均分子量同士の比である、高エチレン含量成分の重量平均分子量;Mwh、低エチレン含量成分の重量平均分子量;Mwlの比が、分子量分布の広さにいかなる技術的意味を有するかが全く不明である。

そうすると、本願発明では、「Mwh/Mwlを1.05以上」と限定し、実験報告書において、引用例の共重合体の「Mwh/Mwlが1.9」と証明されている以上、引用例の実施例1の共重合体は本願発明の1.05以上の範囲に含まれているといえる。

したがって、本願発明の共重合体を構成要件(D)に基づいて限定したことが、引用例の実施例1に記載の共重合体と分子量分布が違うものであるということにはならない。

してみると、本願発明の共重合体と引用例の実施例1に記載の共重合体とが、分子量分布の違いに起因して相違することを前提として、甲第5号証に記載された共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体ではないとする原告の主張は技術的根拠がないというべきである。

〈2〉 分子量とMIという2点の観点だけで重合体をみるならば、一般的傾向として、重合体の分子量が高くなるとMIが小さくなる傾向にあるということはいえるが、実際にはMIと分子量の関係は単純な逆比例の関係ではなく、重合体の構造の多くの要因に影響されるものである。

したがって、水素/エチレンの比とMIとの関係が一致していないことを理由として、甲第5号証に記載された共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体ではない旨の原告の主張は失当である。

〈3〉 原告は、「引用例の実施例1で得られた共重合体の高エチレン含量成分の分子量分布と低エチレン含量成分の分子量分布の比はほぼ1.0といえる」としているが、原告の引用例の共重合体の解析には飛躍があり、技術的根拠があまりにも乏しい。したがって、引用例の実施例1に記載された共重合体と甲第5号証に記載された共重合体は、高エチレン含量成分の分子量分布と低エチレン含量成分の分子量分布の比が大きく異なっていることを前提として、甲第5号証に記載の共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体と同一ではないとする原告の主張は失当である。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

そして、引用例(甲第4号証)及び実験報告書(甲第5号証)に審決摘示の事項が記載されていること、本願発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)〈1〉  原告は、本願発明の共重合体は2種の高分子量成分及び1種の低分子量成分を含むものであって、これらの成分を混合することによって得られる本願発明の共重合体の分子量分布が広くなることは甲第7号証からも明らかであるのに対し、引用例の実施例1で得られた共重合体は、その分子量分布が狭いものであるか、あるいは非常に狭いものであって、本願発明の構成要件(D)を満足するものではないから、本願発明の共重合体は引用例の実施例1に記載された共重合体ではない旨主張する。

ⅰ) 前記審決の理由から明らかなとおり、審決は、本願発明と引用例に記載されたものとを対比し、本願発明に係るエチレンとα-オレフインの共重合体については、(C)(組成分布パラメータ)、(D)(分子量比、分子量分布比)、(E)(最高融点)、(F)(結晶融解熱量比)につき本願発明の要旨のとおりの限定があるのに対し、引用例にはこれらについて記載するところがない点で一応相違するとして相違点を抽出したうえ、引用例の実施例1によって得られる共重合体が本願発明の特許請求の範囲に記載されている構成要件を備えていることを確認することを目的としてなされた甲第5号証(実験報告書)記載の実験の結果に基づき、構成要件(D)についていえば、分子量比「1.9」、分子量分布比「0.7」は、本願発明の共重合体について限定されている「1.05以上」、「1以下」の範囲とそれぞれ一致しているとして、本願発明と引用例記載のものとが同一であることの根拠としたものである。

そして、甲第5号証によれば、同号証記載の実験における触媒調製及び重合は引用例の実施例1に準拠して実施されたものであり、物性測定は本願公告公報(甲第3号証)の記載に従って求めたものであって、内容的にも具体的で不自然、不合理な点はみられず、実験報告書は引用例の実施例1の追試実験を記載したものとして信憑性のあるものと認められる。

したがって、審決の上記一致しているとした認定、判断に誤りはないものというべきである。

ⅱ)上記のとおり、審決は、実験報告書(甲第5号証)に依拠して、引用例の実施例1に記載の共重合体は本願発明の構成要件(D)を具備するものと認定したものであり、その点で原告の上記主張は審決の説示内容に対応するものではなく、当を得ないものというべきであるが、念のため検討を加えておくこととする。

引用例には、「本発明者等は鋭意検討した結果・・・重合活性を大きくしうること、さらに分子量分布が狭い密度0.88~0.945のエチレン共重合体が得られることを見出し本発明を達成した。」(甲第4号証2頁右上欄3行ないし14行)、「得られた共重合体は非常に狭い分子量分布を示し副生グリースワックスが少く、高い生産性を得ることが出来る。」(同号証4頁右下欄9行ないし12行)と記載されており、これらの記載によれば、引用例の共重合体は、その分子量分布が狭いものであるか、あるいは非常に狭いものであると認められる。

ところで、甲第7号証(特表平3-502710号公報)の10頁第4表(ブレンドおよびブレンド成分のポリマー特性)には、分子量分布の目安として用いられる重量平均分子量/数平均分子量(Mw/Mn)の値が低いポリマー成分の数種を混合した場合、混合物のMw/Mn値は各ポリマー成分のMw/Mn値より大きくなることが示されていることが認められる。

本願明細書には、「Mwh/Mwlが1.05以上、且つ(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)が1以下であるということは、高エチレン含量の高分子量成分、低エチレン含量の低分子量成分およびエチレン含量の高分子量成分を含み、高エチレン含量の低分子量成分を含まないことで特徴づけられ、」(甲第3号証6欄14行ないし20行)と記載されており、本願発明の共重合体は2種の高分子量成分及び1種の低分子量成分を含むものと認められるが、各高分子量成分及び低分子量成分の分子量の大きさが特定されておらず、また、上記各エチレン含量の高分子量成分、低分子量成分のMw/Mn値や混合比が明示、限定されていないから、甲第7号証に示されている上記事項をそのまま本願発明の共重合体に適用して分子量分布の広さを予測することはできないし、本来、本願発明の構成要件(D)自体から、本願発明の共重合体のMw/Mn値が引用例の実施例1に記載の共重合体に比較して定量的に大きいことが根拠づけられるものでないことは明らかである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  原告は、引用例の実施例1に記載された共重合体の製造方法は共重合体を混合する方法ではなく、したがって、分子量分布が広い共重合体を製造するものではないから、本願発明の構成要件(D)を満足する共重合体を与えるものではない旨主張する。

しかし、本願発明は「エチレンとα-オレフインとの共重合体」という「物」に係るものであるから、引用例記載の発明との対比においても、引用例の実施例1に記載の「物」としての共重合体との構造上あるいは物性上の異同によって特許性を判断すべきであって、製造方法の異同は判断要素とはなり得ないところ、引用例の実施例1に記載の共重合体が本願発明の構成要件(D)を満足するものであることは前記認定のとおりである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(2)〈1〉  甲第3号証の10頁第4表によれば、本願発明の実施例1、2及び3で得られた共重合体のMwh/Mwlは、それぞれ138、1.20及び1.54であること、甲第5号証の表一2によれば、同号証記載の実験で得られた共重合体のMwh/Mwlは1.9であることがそれぞれ認められるところ、原告は、本願発明の共重合体の分子量分布が引用例の実施例1に記載の共重合体の分子量分布より広いことを前提として、甲第5号証の共重合体の分子量分布は引用例の実施例1に記載の共重合体の分子量分布より広いものとなり、甲第5号証の共重合体と引用例の実施例1に記載の共重合体は分子量分布が異なるから、甲第5号証の共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体ではない旨主張する。

しかし、本願発明の共重合体の分子量分布が引用例の実施例1に記載の共重合体の分子量分布より広いという前提自体採用できないことは、上記(1)〈1〉に説示したとおりである。そして、甲第5号証の実験結果を参酌すれば、引用例の実施例1に記載の共重合体のMwh/Mwlは1.9と認め得るのであって、これは、本願発明の構成要件(D)の数値範囲と一致するものである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  引用例の実施例1における水素/エチレンの比は0.09であるのに対して、甲第5号証に記載の実験における水素/エチレンの比は0.08であり(同号証の表-1)、引用例の実施例1で得られた共重合体のメルトインデックスMIは1.7g/10minであるのに対して、甲第5号証に記載の実験で得られた共重合体のMIは1.8g/10minであるところ、原告は、分子量の大小とメルトインデックスMIの大小との間には逆の関係が成り立ち、水素の量からすると、甲第5号証に記載の実験で得られた共重合体のMIは引用例の実施例1に記載の共重合体のMIと較べて小さくなければならないのに、甲第5号証に記載の共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体と、水素/エチレンの比とMIとの関係が一致していないから、甲第5号証に記載された共重合体は、引用例の実施例1に記載された共重合体ではない旨主張する。

弁論の全趣旨によれば、一般に重合体の分子量が高くなると、MIが小さくなる傾向にあることが認められるが、乙第1号証(「プラスチック材料講座〔4〕ポリエチレン樹脂」日刊工業新聞社 昭和45年6月30日2版発行)中の「少し立ち入ってMIの本質を見るとMIは決して分子量だけの単純な関数ではなく、分子量分布、分岐などの分子構造による複雑な影響を含んでいる。」(45頁13行ないし15行)、「MIを流動性および分子量の指標として乱用することは慎まなければならない。」(同頁19行、20行)との記載によれば、分子量の大小とMIの大小とが逆の関係に立つといった単純な関係には必ずしもなく、重合体の構造などの多くの要因に影響されるものであることが認められる。

また、引用例の実施例1と甲第5号証の実験では、上記のとおり、重合において、水素の添加量が若干相違しているが、一般に微量水素の定量的な添加法は圧力計や分析計などの計装化において困難性が伴っていることをも勘案すると、甲第5号証に記載の共重合体が引用例の実施例1に記載の共重合体であることを否定すべき程度に、水素/エチレンの比とMIとの関係が一致していないものとまでは認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈3〉  甲第4号証の実施例1ないし8の記載によれば、引用例の共重合体のFR(分子量分布の尺度)は共重合体の分子量(MI)や共重合体の1000炭素当りのペンダントエチル基の個数の変化に直接影響されないものと解析されることが認められるところ、原告は、このことから、引用例に記載の発明によって得られる共重合体については、高エチレン含量共重合体であっても低エチレン含量共重合体であっても分子量分布の広狭はほとんど変わらず、したがって、引用例の実施例1で得られた共重合体の高エチレン含量成分の分子量分布Mwh/Mnhと低エチレン含量成分の分子量分布Mwl/Mnlはほとんど変わらず、(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)の値はほぼ1.0であり、甲第5号証に記載の共重合体の(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)の値0.7と大きく異なっているから、甲第5号証に記載の共重合体は引用例の実施例1に記載の共重合体と同一とはいえない旨主張する。

しかし、引用例の実施例1ないし8に記載されているところは、共重合体という一つの高分子物質に関してであるから、この共重合体を高エチレン含量成分と低エチレン含量成分に分け、「引用例の実施例1で得られた共重合体の高エチレン含量成分の分子量分布Mwh/Mnhと低エチレン含量成分の分子量分布Mwl/Mnlはほとんど変わらず、(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)の値はほぼ1.0である」とする原告の上記主張は、その技術的根拠が明確であるとは認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を違法として取り消すべき事由があるとは認められない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成6年審判第6528号

審決

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

請求人 三井石油化学工業株式会社

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館内

代理人弁理士 小田島平吉

東京都港区赤坂1丁目9番15号 日本自転車会館 小田島特許事務

代理人弁理士 田中貞良

昭和57年特許願第185983号「エチレンとα-オレフインとの共事合体」拒絶査定に対する審判事件(平成3年6月12日出願公告、特公平3-39091)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和57年10月25日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成6年5月23日付けの手続補正書によって補正された明細書の、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「(1)(A)メルトフローレートが0.01ないし200g/10min、

(B)密度が0.900ないし0.945g/cm3

(C)下記式(1)で表わされる組成分布パラメータ(U)が100以下、

U=100×(Cw/Cn-1)・・(1)

但し、式中Cwは重量平均分岐度及びCnは数平均分岐度を表わす。

(D)高エチレン含量成分の重量平均分子量Mwhと低エチレン含量成分の重量平均分子量Mwlの比Mwh/Mwlが1.05以上、且つ高エチレン含量成分の分子量分布(Mwh/Mnh)と低エチレン含量成分の分子量分布(Mwl/Mnl)との比(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)が1以下、

(E)示差走査型熱量計(DSC)により測定される融点が複数個あり、複数個ある融点の内、最高融点(Tl)のが下記式(5)で表わされる温度以上で且っ130℃以下、

Tl≧175d-43・・・(5)

但し、式中dは共重合体の密度(g/cm3)で表わされる数値である。

(F)示査走査型熱量計(DSC)により測定される最高融点の結晶融解熱量:Hlと全結晶融解熱量:Hrとの比Hl/Hrが0.6以下及び

(G)エチレンと共重合されるα-オレフインが炭素数4ないし20の範囲

であることを特徴とするエチレンとα-オレフインとの共重合体。」

にあるものと認められる。

(原査定の理由)

これに対して、原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定に記載した理由の概要は、本願発明は、本願出願前に頒布された甲第2号証(特開昭56-147808号公報、以下「引用例」という。)に記載された発明であることは、甲第6号証(「実験報告書」)を参酌すると明かであるから、本願発明は特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない、というにある。

(引用例)

そして、上記引用例には、

「実施例1

(1)触媒調整

マグネシウムジエチラート20mmol、トリノルマルブトキシモノクロルチタン10mmol及びノルマルブタノール10mmolを混合し、140℃で4時間攪拌し、均一な溶液とした。ついで60℃まで降温しベンゼン150ccを加え均一溶液とした。

次に60℃にてエチルアルミニウムセスキクロライド100mmolを20分間で滴下し、引き続き60℃で1時間攪拌した。

生成した沈澱をノルマルヘキサンで洗浄後乾燥して固体粉末を得た。

(2)重合

2lオートクレーブにノルマルヘキサン1000ccを取り上記固体粉末5mgを仕込んだ。150℃に昇温後、気相における水素/エチレンのモル比が0.09になるように水素を導入し、次いでジエチルアルミニウムモノクロライド0.12mmol、ブテンー1 25gとともにエチレンを導入し全圧11kg/cm2とした。エチレンの導入とともにエチレンの吸収が見られるが全圧を11kg/cm2に保つようにエチレンを追加導入し1時間後にエタノール圧入により重合を停止したところ

MI=1.7、FR=18を有する共重合体125gが得られた。この共重合体は1000炭素当たり25個のペンダントエチル基を持ち、密度0.915g/=cm3であった。」(第5頁左上欄第9行~同右上欄第17行)が記載されている。

そして、甲第6号証は、出光石油化学株式会社

樹脂研究所勤務大西隆夫(触媒調整)、二階堂俊実(重合)、久米和男(物性測定)の実験報告書(以下、「実験報告書(1)」という。)であり、この実験報告書(1)には次の事項が記載されている。

2. 実験目的

特開昭56-147808公報の実施例1によって得られる重合体が、特公平3-39091(本願)の特許請求の範囲に記載されている構成要件を備えていることを確認する。

3. 実験

3-1触媒調整

特開昭56-147808の実施例1の記載に従って、固体触媒成分の調整を行った。

窒素雰囲気下で、マグネシウムジエチラート20mmol、トリノルマルブトキシモノクロルチタン10mmol及びノルマルブタノール10mmolを混合し、140℃で4時間反応を継続させた後、60℃まで降温してから、ベンゼン150mlを加え均一な溶液とした。

次いで、反応溶液を60℃のままで、エチルアルミニウムセスキクロライド100mmolを20分かけて滴下し、引き続き60℃で1時間攪拌を続けた。

生成した沈澱をノルマルヘキサンで繰り返し洗浄後、乾燥して固体粉末を得た。

3-2重合

内容積2リットルの攪拌式オートクレーブを用い、3-1で調整した固体粉末を触媒成分として、特開昭56-147808の実施例1記載の重合条件に従って、エチレンとブテンー1の共重合を行った。

重合条件及び結果は、表-1にまとめて記載した。

表-1

・・《中略》・・・

追試実験 1.8(MI(g/10min))

0.916(密度(g/cm3)19(FR)24(分岐数(個))

3-3物性測定

1)測定方法

・・・《中略》・・・

4. 結果

得られた共重合体の物性測定値は、表-2の通りであった。

〈表-2〉

実施例1追試品

(A)メルトフローレート1.8(g/10min)

(B)密度 0.916(g/cm3)

(C)U 46

(D)Mwh/Mwl  1.9

(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl) 0.7

(E)Tt  123.3℃

(F)Ht/Hr  0.1

と記載されている。

(対比・判断)

本願発明と引用例に記載されたものとを対比するに、本願発明の(A)メルトフロレートが0.01ないし200g/10min、(B)密度が0.900ないし0.945g/cm3および(G)エチレンと共重合さするα-オレフインが炭素数4ないし20の範囲であるエチレンとα-オレフインとの共重合体(以下単に「エチレンとα-オレフインの共重合体」という。)は、(A)メルトフロレート、(B)密度、および(G)共単量体という点では、引用例記載のFR=18および密度0.915g/cm3のエチレンとブテンー1の共重合体と一致する。

そして本願発明のエチレンとα-オレフインの共重合体は、

(C)下記式(1)で表わされる組成分布パラメータ(U)が100以下、

U=100×(Cw/Cn-1)・・(1)但し、式中Cwは重量平均分岐度及びCnは数平均分岐度を表わす(以下単に「(C)組成分布パラメータ(U)」という。)。

(D)高エチレン含量成分の重量平均分子量Mwhと低エチレン含量成分の重量平均分子量Mwlの比Mwh/Mwl(以下単に「(D)分子量比」という。)が1.05以上、且つ高エチレン含量成分の分子量分布(Mwh/Mnh)と低エチレン含量成分の分子量分布(Mwl/Mnl)との比(Mwh/Mnh)/(Mwl/Mnl)(以下単に「(D)分子量分布比」という。)が1以下、

(E)示差走査型熱量計(DSC)により測定される融点が複数個あり、複数個ある融点の内、最高融点(Tt)が下記式(5)で表わされる温度以上で且つ130℃以下、

Tt≧175d-43・・・(5)

但し、式中dは共重合体の密度(g/cm3)で表わされる数値である(以下単に「(E)最高融点(T)」という。)。

(F)示査走査型熱量計(DSC)により測定される最高融点の結晶融解熱量:Htと全結晶融解熱量:Hrとの比Ht/Hrが0.6以下

(以下単に「(F)結晶融解熱量比」という。)と限定しているのに対して、引用例には記載するところがない点で両者が一応相違する。

その相違点について子細に検討すると、まず、上記実験報告書(1)を検討するに、実験報告書(1)の「3.実験」の項に記載されているように、引用例に記載の発明を実施例1に従って追試実験したものであり、同「3-1触媒調整」の項、同「3-2重合」の項および「3-3物性測定」の項を考察すると、引用例の実施例1に準拠して実施されてものと認められる。そして、同実験報告書(1)は、引用例の実施例1の追試実験として信憑性のあるものといえる。

この実験報告書(1)の「4.結果」の項によると、引用例の実施例1に記載のエチレンとブテンー1の共重合体は、(C)組成分布パラメータ(U)は「46」、(D)分子量比は「1.9」、(D)分子量分布比は「0.7」、(E)最高融点(T)は「123.3℃」および(F)結晶融解熱量比は「0.1」であり、本願発明のエチレンとα-オレフインの共重合体で限定する「100以下」、「1.05以上」、「1以下」、「130℃以下」および「0.6以下」の範囲とそれぞれ一致している。

そうすると、本願発明のエチレンとα-オレフィンの共重合体は、上記の(C)~(F)項で示される諸特性を限定しているにもかかわらず、上記実験報告書(1)に記載されている事項を斟酌すると、引用例に記載のエチレンとブテンー1の共重合体と同一である。

そして、さらに子細に言及すると、特に本願発明の共重合体を製造する方法として、本願明細書の特に第15頁第20行~第16頁第8行(公報第8欄第42~第9欄第6行参照)には、「それぞれの組成分布及び分子量分布がともに狭い3つの成分、すなわち高エチレン・高分子量成分、低エチレン・低分子量成分及び低エチレン・高分子量成分を予め別個に重合した後、機械的に混合する方法、一つの重合反応系中で各成分を重合させた後、あるいはさせながら均一一様に混合する方法あるいはこれらの方法を複合することによる方法を例示することができる。」というエチレンとα-オレフインの共重合体の入手方法が例示されており、該共重合体の入手という点ではそれ相応の操作上の配慮が必要であることは認められるものの、本願発明は上記(A)~(F)で定義された特定の物性を備えたエチレンとα-オレフインの共重合体という高分子物質の発明であり、特定の物性を有する高分子物質という物の観点で見た場合には、引用例の実施例1に開示されているエチレンとブテンー1の共重合体からなる高分子物質とは、その物性上一致していると認定してもその判断にはなんら矛盾はないといえる。

そして、本願発明の共重合体をさらに子細に考察すると、本願発明のエチレンとα-オレフインの共重合体は、上記特定の限定をすることにより本願明細書の特に第2頁第15~17行に記載されているように、「引張強度、耐衝撃性、剛性に優れ、透明性、耐引裂性、クリープ特性が良好で耐熱性と低温ヒートシール性のバランスがよい」(公報第2欄第7~9行)という特性を有する樹脂を提供するものであって、これらの諸特性は通常のエチレン系共重合体では程度差はあれ、一応備えている物性であって、本願発明のエチレンとα-オレフインの共重合体が備えた特有の性質ではないといえる。

同様に、本願明細書の特に第24頁第1~8行に記載されている各種成形手段により「フィルム、シート、テープ、モノフィラメント、容器、日用品、パイプ、チューブ等の各種成形品に加工することができる。また他のフィルムに押出被覆あるいは共押出成形することにより各種複合フィルムとすることもできるし、鋼管被覆材、電線被覆材あるいは発泡成形品等の用途にも用いられる。」(公報第12欄第24~34行)という用途を考察しても、通常のエチレン系共重合体の用途に属するものであって、結局、本願発明のエチレンとα-オレフインの共重合体は、上記(A)~(F)項で示される諸特性を限定しているにもかかわらず、その性質および用途の面から考察しても、引用例に記載のエチレンとブテンー1の共重合体とは体質的に別異の特性を備えた高分子物質であるという根拠が見い出せないことからすると、本願発明のエチレンとαーオレフインの共重合体は、その性質および用途の面を参酌しても上記引用例に記載されたエチレンとブテンー1の共重合体と同一のものであることを裏付けているにほかならない。

なお、請求人は審判請求書および平成6年11月10日付け上申書のおいて、本願明細書の補正をしたい旨の主張をしているが、本件の審査段階で請求人が提出した平成4年7月13日付けの特許異議答弁書に添付した平成4年6月12日付け実験報告書は、三井石油化学工業株式会社 高分子研究所勤務 屋敷恒雄 作成のものであり、この実験報告書によると、「特公平3-39091(本願)の特許請求の範囲に記載された重合体は、特開昭56-147808の実施例1によって得られないことが分かった。」と報告し、一方、審判請求書におい請求人は、上記実験報告書(1)の実験結果に疑問がある旨主張しているが、それを具体的に裏付ける事実を明らかにしていない。

このように引用例のエチレンとブテンー1の共重合体の存在を否定している請求人の主張の趣旨からすると、どのような理由で請求人が「(C)組成分布パラメータ(U)」を限定しなければならないのか訂正の主張の趣旨ないし意図を解し難く、あえて補正を認める必要性はないというべきである。

(むすび)

以上のとおりであるから、本願発明は、実験報告書に記載されている事項を参酌すると、上記引用例に記載された発明と認められ、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年5月22日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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